長谷川さんが発案・制作したチェロ用のソケットを初めて目の当たりにした時の驚きを、私は今でも忘れる事が出来ません。
極限までシンプルな構造、楽器が本来秘めている機能をダイレクトに伝える透明な響き。
正に視覚・聴覚両方を魅了された私は、是が非でもコントラバスを弾く上でもこの体験をしてみたいと思い、そこから長谷川さんとの数ヶ月間に渡るやり取りが始まりました。
その過程で浮き彫りになったのは、コントラバスという楽器が、如何に過剰な負荷によって無理やり「鳴らされて」いるかでした。
それはまるで飽食の時代において、生物としての鋭敏な感覚を失った人間たちの欲望を満たす為に、風味やカロリーが操作された食材を見るような憐れみさえ呼び起こすのでした。
そして遂に完成したのが、このソケットです。
2つの穴のうち、一つは従来のソケットと同様に楽器から真っ直ぐエンドピンが伸びるタイプのためのもの(エンドピンクリップの併用が必要)。
そしてもう一つは、角度のついた「アングルド」タイプの穴です。
立奏・座奏が混在するコントラバス演奏において双方に対応できる絶妙な角度で加工されており、エンドピンさえ取り替えれば、バス椅子に座った時と立った時、全く同じ角度で楽器を構える事が可能になりました。
楽器底部においてソケットの内壁がエンドピン上端を受け止める為、理論上は演奏中の事故が起き得ない構造になっています。
ネジ式、締め付け式のソケットで見られるような「ずり落ち」が存在しないため、安心して演奏そのものに集中する事が出来ます。
肝心の音についてですが、おそらく装着直後はとても「軽く」感じることでしょう。
ある日、完成した作品を初めて自分のフルサイズの五弦に装着した時のこと。
初めに私が持った印象はかなりネガティヴで、『軽過ぎる』『これではオーケストラの中で戦力になれない』『やはりチェロ用の製品を転用したのは間違いだったか』とさえ思ったのでした。
しかし、装着後数週間が経過する頃にはその印象は180度変わりました。溢れ出る倍音、際限なく実現可能なクリアな子音、そして演奏後の疲労感の軽減。
まるで自分の唇・歯・舌・口蓋・声帯の働きがそのまま弓・弦・箱に反映されるかのような感覚は、快感以外の何物でもありません。
これこそ私が長年に追い求めていた、そしてその自分自身が見向きもしなかった、楽器が本来持っていた響き・力そのものでした。
最後に、これを読んでいるあなたに問いかけたい事があります。アンサンブルで必要なのは、どんな音でしょうか?
他者を威圧する大きな音?
周りをかき消すような派手な音?
その場凌ぎの、単調な音?
もし上記の問いに『いや、違う。何故なら…』と言える方は是非このソケットを手に取ってみてください。
長い長い、とても長かった私の楽器調整の旅は、このソケットとの出会いで完結しました。学生時代から悩み、苦しみ、途方もない時間と金額をかけた旅でしたが、終着駅から見える景色が、これほど美しいものだったとは…これを独り占めにするのは本当にもったいないと思っています。
末尾になりますが、発案、製作者の長谷川さんに心からの敬意と感謝を表します。
コントラバス奏者 原田遼太郎